終点の先 – そこには何があるのでしょう?

日本は非常に良い交通の便に恵まれている国です。電車で通勤や通学をする人は多いですし、電車とバスで様々な場所に行けます。しかし、旅をするときに一本の電車でどこでもいけるわけではありません。

全ての路線には終点があります。終点の駅についても、乗り換えたり、徒歩やバスで別のところに行ったりするのが普通です。終点の駅に着けば旅が終わるとは限りません。

ある人は、人生の終点(死)が全ての終わりだと考えます。そのため、その終点に着く前に、できるだけお金を稼いだり、トップを目指したりします。もし死の後に何もなければ、このような生き方は好ましいかもしれません。でも、終点の駅についても旅が終わらないように、人生の終点に到着しても続きがあります。死が全ての終わりでなければ、死後の準備をした方が良いではないでしょうか?

終点の先には何があるのでしょうか?聖書はヘブル人への手紙9章27節でこう言っています:

 「そして、人間には、一度死ぬことと死後にさばきを受けることが定まっているように」

神様の前に立ってさばかれる時、どのような判決が下ると思いますか?実は、聖書の中に神様が下す判決の基準が記されています。神様がさばくとき、この基準によってさばかれます。

その基準のいくつかをみてみましょう:

「盗んではならない。あなたの隣人について、偽りの証言をしてはならない。」(出エジプト記20章15–16節

何かを盗んだことはありますか?大きくても小さくても関係ありません。もし自分のものではないものをとったことがあれば、盗みになります。嘘をついたことがありますか?小さな嘘でも嘘は嘘です。

神様は完璧な方で、正しい裁判官です。「大きな嘘をつかない」と言っても、嘘をついたということには変わりありません。神様は人々を行いに応じてさばき、炎の池という永遠の苦しみの場所に投げ入れると聖書は教えています(黙示録20章12−13節)。また、その場所は「火も消えることがありません」とマルコの福音書9章48節に書いてあります。

しかし、神様は誰もこの場所に行かなくても良いように、人を罪から救う方法を作りました。これは、お金で買えるものではなく、私たちが何かをして得るものでもありません。では、どうやって罪から救われることができるのでしょうか?

人が罪から救われる方法を理解するためには、どのようにして罪が許されるのかを理解しなければいけません。

聖書は、神様に対しての罪を自ら償うことはできないと教えています。どれだけ罪をかばおうとしても、罪そのものは取り消されません。そして神様はその罪をさばくのです。

自分で罪を償ったり、かばったりすることはできません。また、神様は大目に見てくれて、特例としてあなたを天国に入れるようにはしません。もし、そのようなことがあったら、神様は正しい裁判官ではなくなります。

罪が許される方法は一つしかありません。それは、誰かが代わりに罪の罰を受けてくれるということです。しかし、誰もが代わりに刑罰を受けられるわけではありません。罪ある人が他の人の刑罰を代わりに受けることはできません。なぜなら、その人自身も刑罰を受けなければならないからです。

しかし、神様ご自身が人となって私たちの罪のために死んでくださいました。この人とは、イエス・キリストのことです。

イエス・キリストは一度も罪を犯しませんでした(コリント人への手紙 第二 5章21節、ヘブル人への手紙4章15節)。そのため、イエス様が十字架で死んで、私たちの罪の代価を支払うことができました。

もちろん、誰でもこのようなことを言うことができます。しかし、イエス・キリストが死んだ後に生き返りました。このことによって、私たちはこのことが本当だとわかります。イエスの復活は、作り話ではなく、一度に500人以上が目撃した実際の出来事です。聖書にはこう書いてあります:

私があなたがたに最も大切なこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと、また、ケファに現れ、それから十二弟子に現れたことです。その後、キリストは五百人以上の兄弟たちに同時に現れました。その中にはすでに眠った人も何人かいますが、大多数は今なお生き残っています。

コリント人への手紙 第一 15章3−6節(聖書)

イエス・キリストは100パーセント人間でありながら、神様でもありました。完璧な身代わりとなって、私たちの罪の刑罰を負うことができました。神様はあなたが罪のまま死んで、地獄に行かなくても良いように、あなたの罪の代価を払ったのです!

神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。

ヨハネの福音書3章16節(聖書)

これこそ、神様が私たちに示した愛なのです。誰でも、イエス・キリストが、自分の罪のために死んで生き返ったことを信じる人を神様は罪から救うのです!

神様に対して罪を犯してきたことを認めますか?自分は神様の完璧な基準を満たしていないことを認めますか?もし、イエス様が自分の罪のために死んで生き返ったことを信じれば、あなたは罪から救われます:

なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

ローマ人への手紙10章9−10節(聖書)

今日、イエス様を信じますか?